亀島 靖 先生の「琉球歴史 謎とロマン」

「琉球」、「沖縄」…の違いとは? その二

「ウチナー」とは、「沖縄」の方言の発音だと考えられていますが、二つの言葉は、その意味はまったく違うのです。ウチナーは、もっとも古い名前で、沖縄の古代人たちが創造したものです。おそらく五千年以上も前、黒潮の海流に乗って渡来したウチナーンチュ(沖縄人)のルーツの海洋民族または、黒潮民族によって作られたのが「ウチナー」です。

語源は、東南アジアのサンスクリット語とも言われ、「ウチ」は「大きい」を意味し、「ナー」は、「漁場」を表わし、ウチナーとは大きな豊かな漁場を表わしています。西暦七五三年、唐招提寺を創建した鑑真和上が日本に招かれた時、沖縄に立ち寄りました。沖縄で、現地の人から島の名前を聞いた鑑真の弟子は、「阿児奈波(ウチナー)」と当て字をして記録しています。「那覇」も、「ナー(魚場)、「ファー(場所)」の意味と考えられています。

まるで縄の様に、海上に細く浮かぶ島・・・・沖縄。

五年に一度、沖縄県主催の「世界のウチナーンチュ大会」があります。沖縄人は「琉球人大会」のネーミングには抵抗を感じます。しかし、ウチナーという言葉は、沖縄自身の言葉なので、遺伝子として体が受け入れる面があり、誰も異論をはさむ人はいません。

琉球国最大の教育者、名護親方(程順則)。世界で初めて「台風」を命名。

「沖縄」という名称は、十八世紀初期に誕生したと伝わっています。江戸時代、琉球王国は新国王の世変わり、また、徳川幕府の新将軍誕生の時は、祝意と感謝の挨拶のために江戸まで使節団を派遣しました。総勢百名余、往復に一年かかるという国家イベントを実施しています。琉球を代表する学者名護親方、玉城朝薫も使いとして派遣されています。

日本の一流の学者であった新井白石、室鳩巣は琉球の文化人たちと交流し、琉球が持っていたアジアの最新情報を入手し研究材料としています。新井白石は、琉球国も深く研究し「南島志」という本を著しています。余りにも詳しいので、当時の江戸人たちは白石自身が、琉球国に渡ったと錯覚したほどでした。白石は、この本の中で、「琉球の本島は、まるで縄の様に沖に浮かぶ島であると表現し「沖縄」という漢字を用いました。以後、日本本土からは「沖縄」と呼ばれるようになり、明治維新後の廃藩置県の時、明治政府は琉球を改め「沖縄県」と決定します。その意味では、「ウチナー」と「沖縄」は、全く、意味が異なることになるわけです。(続く)

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新国王誕生の行幸(首里城祭での復元写真)。

亀島 靖(かめしま・やすし)さん
1943年生まれ、那覇市出身、早稲田大学卒業。
歴史小説、歴史劇シナリオなど著作多数。
テレビやラジオのプロデューサーでも活躍。

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