渡久山章先生の沖縄よもやま話 歌「花」の系譜

1998年、ブラジルでNHKのど自慢大会が開かれた。ゲストの一組が歌った曲は、私の記憶では喜納昌吉作詞・作曲「花~すべての人の心に花を」であった。「泣きなさい、笑いなさい・・・」というフレーズが入った曲である。
ゲストが唄った「花」は、ゲストの声とリズムにマッチして、それはそれはすばらしかった。
その後、私は喜納昌吉さん自身のライブ放映も観た。それもすばらしかった。

ところで、本稿のタイトルを歌「花」の系譜にしたのは、沖縄には「花」の入った歌が多いからである。
例えば、結婚式をはじめ、米寿祝いや白寿祝いなど、多くのお客様をお招きしてお祝いの座を開くとき、最初に唄い舞われる演目は「かぎやで風」である。
「きゆぬふくらしゃやなをぅにじゃなてぃてる つぃぼでぃをぅる花ぬつぃゆちゃたぐとぅ」という詞。訳は「今日の喜びは何にたとえられようか。あたかも蕾が露をうけて、ぱっと開いたようである。」という意味。そんな花を見ている人の晴れ晴れとした気持ちが唄われている。

琉球舞踊:四つ竹では、花鳥風月を華やかに描いた「紅型」衣装に、蓮の花と海と空を表現した「花笠」が用いられる。

露を受けてぱっと開くというと、私の古里伊良部島には「ンツバナ」という言葉がある。ンツは軒、バナは花のこと。
雨の日に赤瓦葺きの屋根から雨がザアザーッと落ちてきて、地面にくぼみを作る。そのくぼみに溜まっている水に、続いて降ってきた雨が当たって跳ねる。見ていると跳ねる瞬間の姿は花に見える。それがンツバナである。子供の頃、私もその花の模様をジイッと見つめていた。

実は雨粒を唄った歌は「雨だれ」という題で、全国に知られている。「雨だれが落ちている窓の外の軒端から見ているときれいだな。水晶の玉だね」という歌。

詩人は軒端から落ちてくる雨粒を「水晶の玉」と唄い、伊良部島の人は、軒から落ちてくる雨がくぼみの水に当たってパッと跳ねる様を「花」と捉えた。詩人は丸い球を見逃さず、島の人はパッと跳ねる時の花を見逃さなかった。

沖縄の赤瓦葺き屋根
瓦の間にできた溝から雨がまとまって勢いよく落ち地面に水が溜まり、やがてあふれて軒花が咲く。

沖縄には波の花を入れた歌もある。日本の最西端にある与那国島に「なんた浜」という浜がある。その浜の名をとった歌「なんた浜」である。
「波の花咲き、船足軽く・・」で始まる。浜には船を待つ人達がいる。船には荷物が積まれ、人(父・母・恋人)も乗っている。そんな船が舳先(へさき)で潮を飛び跳ねながら、浜に進んでくる。舳先で飛び跳ねられた潮には沢山の花ができる。浜で待っていた人達はそんな花も楽しんだことでしょう。

最後に「二見情話」を紹介したい。  
去った大戦で沖縄本島南部の人々の中には北部(ヤンバル)に疎開した人達もいた。「二見情話」を作詞・作曲した照屋さんもその一人であった。照屋さんはその歌で「戦場の哀り何時が忘りゆら忘りがたなさや花ぬ二見ヨ」と歌った。訳は「戦場の悲惨さはいつか忘れるかもしれないが、忘れられないのは、花の二見のこと」である。
「花ぬ二見」、このフレーズは勿論、二見の人々の中にある心の花を歌っているのでしょう。「二見情話」は今、人々の間で多く歌われている沖縄の歌の一つである。

月桃(げっとう)の花
5月~6月、沖縄に梅雨の訪れを知らせる花。沖縄戦のことを歌にした曲名にもなっている。

こうして振り返ってみると、沖縄の人の心には時代を問わず、「花」があるように思える。そんな蓄積の上に、あの名曲喜納昌吉の「花」が生まれたのではないか、私にはそう思える。

渡久 山章(とくやま・あきら)先生
1943年生まれ、宮古島出身、琉球大学名誉教授。地球化学、環境化学を専門分野に海水の化学など数々の学術や論文で受賞する沖縄の水に関する専門家。

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