シリーズ今が旬 夏に「涼」呼ぶ南国パイン

「コクある甘酸っぱさ」は青春の味

「あの時は、あまりにもおいしくてびっくりしたさぁー」
6月半ば、店頭に甘酸っぱい香りを漂わせながら、今年もパインが並び始めた。母は、果物の中でパインが一番好きでこの時期を楽しみにしている。なぜ、パインが好きなの?と何気に尋ねたところ、学生時代の思い出を語り出した。

昭和18年生まれで今年79歳の宮古島出身の母が人生で初めてパインを食べたのは昭和36年、高校3年生だった。夏休みを利用して学費稼ぎのアルバイトとして、約130km離れた隣の石垣島のパイン缶詰工場へ。当時、宮古島ではパインは栽培されていなかった。石垣島にはパインという甘酸っぱい果物があるということを聞いてはいたが、どんなものか知らないまま初めての石垣島へ向かった。

茶色く硬い部分は多花果であるパイナップルの花びらや種の跡。一定方向に取り除き螺旋の縞模様になる。

パイン工場での仕事は、皮が剥かれ芯までくり抜かれて、筒状になってベルトコンベアに流れてきたパインから、手作業で周りの茶色く固い部分をナイフで取り除いていく。製品化には不向きと判断されてはじかれたパインが隅の方に寄せられ、「好きに食べていいよ」と言われていた。いよいよその瞬間が来た。母はその余ったパインを差し出され、初めて口にすると、想像を超えたおいしさに飛び上がった。

「何とも言えないジューシーさと旨さにびっくりした。コクのある甘酸っぱさだったよ。甘~いのに、ほど良い酸味。絶妙な調和だと思った。上品な香りと深い甘さ、酸味があるからクセになる。甘いだけだったらあんなに感動はしなかった」。母のパインの余韻は半世紀を過ぎても色褪せてはいない。気がつけば、酸の刺激で舌から血が出るほど夢中になって食べ、逆に周りを驚かせた。

「当時のパインは酸が強いから生食は不向きで甘さを加え缶詰にしていたんじゃないか」と話す人もいるが、実際どうだったのか。今は生果で流通され生食が当たり前になったパインの、沖縄における歴史を調べてみた。

石垣島では、昭和10年(1935年)から台湾からの移住農家によりパイナップルの本格的な生産が始まり、昭和13年には石垣市に缶詰工場ができ県外移出が始まったと言われている。その後戦争の打撃で一時中断されていたが、戦後、早くも昭和21年頃には栽培を再開、パイン缶詰は復活した。昭和35年にはサトウキビと並ぶ二大基幹作物として沖縄の経済を支える産業となった。

南国の果物をどうやったら全国へおいしいまま届けることができるのか?現在のように航空便はなく船で、保冷設備も十分ではなかった。バナナのように収穫後も糖度が上がるものではなく、収穫したらすぐに食べた方がおいしい果物。できるだけその感動をそのまま届けたく考え出されたのが缶詰加工だったようだ。現在は流通が発展し、収穫したばかりの旬の完熟パインがすぐに届けられ、南国のコクのある甘酸っぱさが全国で楽しむことができるようになった。

パインの品種改良も進んできた。その代表が「ゴールドバレル」。他の種類のパインと比べ糖度の高さがダントツで、これまでのパインの甘酸っぱさとはまた違い、とろけるような甘さに「これじゃないと」というファンも増えている。缶詰の時代も、生果の今も、沖縄が届けたいのは、旬の美味しさ。南国パインだけの「コクのある甘酸っぱさ」をこの夏、ぜひ味わってほしい。

ゴールドバレル = 金の樽という名前がつくほど上から下までぎっしり甘味がつまっている。糖度の高さはダントツで皮表面から蜜が滲み出るほど。

お客様担当 川満 美和子 (かわみつ・みわこ)

【ゴールドバレル絶賛発売中/8月上旬まで】
国内で1%しか製造されていない幻のパイン。1玉2キロから発売中。夏の楽しみに人気が高い。
0120-430-890(午前9時~午後7時)

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